みどころ

わたしのお気に入り

Favorites
1929年、草間彌生は長野県松本市で種苗業を営む旧家に生まれます。草間は花園に囲まれた少女期を過ごし、スケッチをするのが日課となっていました。その類まれな観察眼とデッサン力でいつしか世界を舞台に闘うことを決意します。
1957年、28歳で単身渡米。網目、水玉といった独自のイメージを確立し、約16年間、ニューヨークを中心に創作活動を行います。しかし、体調や心の不調を感じ、1973年に帰国。この時期の作品には、苦しい胸のうちを反映するように、「死」を想起させるものが多く存在します。版画作品が登場したのもその頃からです。
版画作品には、死や苦悩を前面に押し出した作品とは対極にあるような華やかなモチーフが色彩ゆたかに表現され、生命力に満ちています。
《靴をはいて野にゆこう》1979年、シルクスクリーン
《とかげ》1989年、シルクスクリーン

輝きの世界

A World of Brilliance
草間は渡米後、1959年に発表した網目でキャンバスを覆いつくす絵画「無限の網(ネット・ペインティング)」シリーズによって、画家として鮮烈なデビューを飾ります。そして、1965年頃からは、電飾と鏡を用いた立体作品の制作を始めました。「ミラールーム」に代表される光の彫刻作品です。合わせ鏡によって明滅しながらどこまでも増殖する光(水玉)は、草間の永遠なるイメージを代弁しているようです。
その輝きの世界は版画作品にも見ることができます。「無限の網」は、心の中のイメージと視覚的、体感的な経験の堆積を整理し、極々シンプルなかたちへ集約したものと言えます。故郷・松本のせせらぎ、渡米時に飛行機の窓から見た太平洋の揺らめきもその要素になっています。版画作品のラメの粒子による瞬きはそれらの記憶と通底しているのかもしれません。
《帽子(Ⅰ)》2000年、シルクスクリーン
《レモンスカッシュ(2)》1999年、シルクスクリーン、ラメ

愛すべき南瓜たち

I Love Pumpkins
草間彌生は植物に囲まれて育ちます。家の周りに広がる畑に出かけてはスケッチをする少女時代を過ごします。特にお気に入りは南瓜。その太っ腹で愛らしい姿に惹かれ、幾度も幾度も描いてきました。時を経て、心の葛藤を自己分析によって昇華させた水玉や網目が、草間の幼少期の記憶にあった植物たちと結びつきます。南瓜など身近なモチーフが水玉を纏(まと)うことで鑑賞者は草間彌生の表現に寄り添いやすくなったのかもしれません。鑑賞者と草間の心をつないだ南瓜は、今なお草間芸術の代表的なイメージとして君臨し続けています。
《赤かぼちゃ》1992年、シルクスクリーン
《南瓜》1982年、シルクスクリーン

境界なきイメージ

Endless Images
草間は、キャンバスや彫刻作品、さらには空間全体を水玉や網目など同じパターンで覆いつくすことで、自身の中から浮かび上がるイメージは無限であることを高らかに宣言してきました。幼少期から共存を強いられた得体の知れない内的イメージを、草間は芸術によって自らの個性に昇華させることに成功します。それは葛藤と分析を繰り返し、永い闘いの末に手に入れた成果でもありました。
常同反復によるイメージの増殖が創作活動の根幹にあった草間と、複製芸術である版画の出合いは必然だったのかもしれません。それまでの画面上、または同一空間でのイメージの増殖であったものが、版画作品の登場により、草間自身の手を離れた増殖を可能としたと言えるでしょう。
《波(1)》1998年、シルクスクリーン
《朝の太陽》1999年、シルクスクリーン

単色のメッセージ

Monochromes
シルクスクリーン、リトグラフは草間彌生の原画をもとに刷師が版を作成していますが、本章で紹介するエッチングの作品では、草間自身が銅板に線を描いているため、より直接的なイメージの再現ができていると言えるかもしれません。指先のわずかな振幅や強弱さえも版に刻まれ、それをあえて補正せずに刷り上げられています。小さな銅板にギリギリとねじ込んだ草間のイメージは、色彩のない単色の表現によって、より鮮明に浮かび上がります。
振り返れば、草間芸術の大きな転機にはいつもモノクロームの作品が誕生してきました。新たな表現領域に踏み込むにあたり、まず形状を徹底的に突き詰め、湧き上がって来るイメージを完全にその手中に捉えた後、色彩が溢れ出してきます。土台としてのフォルムが揺るがないからこそ、草間の色彩は天高く舞い上がることができるのでしょう。
《水玉の集積》1994年、エッチング
《無限》1953-1984年、エッチング

愛はとこしえ

Love Forever
「愛はとこしえ」は2004年から約4年をかけて制作されたシリーズで、黒色のマーカーペンで100号のキャンバスに描いた50点を原画としたシルクスクリーン作品です。
顔や目、植物など具体的なモチーフが前面に押し出され、草間芸術の深遠性を知らしめます。
帰国後の版画作品によって、つなぎ留められた記憶は、「愛はとこしえ」によって表出しました。それは、かつて幼少期を過ごした故郷・松本の花園で想像した数多のイメージで、脈々と草間の中に息づいていた大切な記憶であったのかもしれません。
本シリーズは、その後のアクリル画「わが永遠の魂」シリーズへと繋がり、最新シリーズ「毎日愛について祈っている」へ発展を続ける近年の躍進の起点となった作品でもあります。
《宴のあと (SOXTE)》2005年、シルクスクリーン
《うるわしき夜(ABCTW)》2005年、シルクスクリーン

※展示作品は会場によって異なります